あなたは「押印」「捺印」「押捺」「調印」の違いをご存知ですか?
日本は諸外国にはない、独自の「印章文化」を持つ国であり、本人であることを確認する重要な手段として判子が使われます。
サインだけで済ませる場面も増えましたが、ビジネスシーンでは、正式な書類には欠かせない印鑑だけに、「押す」という行為を表す言葉もさまざまです。
日常での表現なら「はんこお願いします」で大丈夫でも、ビジネスシーンではNG。ではどのように伝えれば良いのでしょうか。
ここでは「押印、捺印、押捺、調印」の違いや、それぞれの意味や使い方をお伝えするので参考にしてくださいね。
捺印の意味・使い方
「捺印」は「なついん」と読み、意味は「印章を押すこと」です。
「捺印」の「捺」は、「押す。手で押さえつける」という意味の漢字で、現代では「捺」という漢字は、「押捺」や「捺印」以外で使われることはほとんどありません。
また、戦前には「印判を捺(お)す」「印形を捺(お)す」というように、印章を押す場合には、「押す」よりも「捺(お)す」という字が当てられていました。
そもそも、「捺印」は「署名捺印」を省略した言葉です。つまり、本来は自筆による記名(署名)と、印鑑を押す行為がセットになって使われる言葉なのです。
今日でも従来の慣習から、役所や法律関連以外のビジネスシーンでは、「捺印」が一般的に使われる傾向にありますが、相手に自筆で記名してもらい、印鑑してもらうときは「署名捺印」を使うのが基本です。
また、印鑑ばかりでなく、印章全般、たとえば蔵書印やお寺や神社で使う寺社印を押す場合も、この「捺印」という言葉を使います。
【例文】
- 契約書に署名捺印を行い、先方に提出した。(※「署名捺印」の用法については後述)
- この欄に捺印をお願いします。
- 蔵から出てきた古文書には、当時の城主の捺印が残っていた。
- 社寺に参拝したあと、捺印してもらった。
押印の意味・使い方
「押印」は「おういん」と読み、「印鑑を押すこと」を意味します。
もともとは印鑑を押すことは「捺印」を使っていたのですが、戦後まもなく日常で使用する漢字の範囲を定めた「当用漢字」が制定された際に、「捺」の字が外れ、その代わりに同様の意味を持つ「押」が使われるようになりました。
平成22年に内閣府より出された「法令における漢字使用等について」でも「捺印」は「用いない。『押印』を使用する」となっており、法令や法律・役所関連の文書では「押印」が使われています。
また、「押印」は自筆以外の手段(パソコンで書いた文字やスタンプ、ゴム印など)によって記された名前や会社名のうえに、印鑑を押すときに使用するのが基本です。
【例文】
- 届出書には押印が必要です。
- ある市役所では事業者が簡単に手続きできるよう、押印を一部省略できるようにした。
- 厚生労働省は「押印見直しガイドライン」を発表した。
- この書類は記名押印の上、ご返送ください。(※「記名押印」の用法については後述)
押捺の意味・使い方
「押捺」は「おうなつ」と読みます。
「押捺」も「(印判などを)押すこと」を指しますが、この言葉は「押印」や「捺印」とは違い、拇印(ぼいん)など指紋を押すという意味を含みます。
その理由は「押捺」の言葉の歴史にあります。
日本に居住する外国人は外国人登録をする必要がありますが、1999年以前はこの外国人登録には「指紋押捺」が義務付けられていました。この指紋押捺制度はその後、撤廃されましたが、当時は「指紋押捺」という言葉が新聞の一面に登場することも多く、「押捺」という言葉は「指紋」と結びつけられやすくなったのです。
今日では「押印」や「捺印」と比べて使用頻度の低い言葉ではありますが、下記例文のように、「署名捺印」と「記名押印」をひっくるめて言い表したいときや、「印判」や「印鑑」を目的語として使うときは、「押捺」という語が使われます。
【例文】
- 押捺の有無を確認のこと。
- 封をした上で印判を押捺する。
なお、「印判を捺印する」は重言となるため間違いです。注意しましょう。
調印の意味・使い方
「調印」は「ちょういん」と読みます。
「調印」は「条約や協定などの公的な文書に対して、決められた事項の確認のために、代表者が署名捺印する」という意味です。
捺印や押印と異なるのは、以下の2点です。
- 個人間のやり取りではなく、国家間や組織を代表する人が行うものであること
- 通常の文書ではなく、条約の締結や重要な契約などであること
以上のことから、公的機関ばかりでなく、私企業間でも使うことはできますが、基本的には公的性質の強い言葉であると言えます。
【例文】
- 粘り強い交渉の結果、両国間に条約が調印された。
- 合併に関して、両社間で合意が成立し、調印が行われた。
- 正式加入は合併合意書への調印と全体の承認を待って行われることに決定した。
押印・捺印・押捺・調印の違い
印鑑・印判を押す言葉としては、押印・捺印・押捺・調印などの言い方がありますが、それぞれのちがいをまとめると、以下のようになります。
- 押印:法律文書・公用文でおもに使う。
- 捺印:慣用的に幅広い分野で使われている。
- 押捺:目的語に印鑑・印判・判子などを取った時の動詞として使われる。過去「指紋押捺」として使われることが多かった。
- 調印:組織を代表する人が、組織間の重要な取り決めを行う場合に使われる。
なお、自筆以外の手段(パソコンで書いた文字やスタンプ、ゴム印など)によって記された名前や会社名のうえに印鑑を押すときは「押印(記名押印)」、自筆での署名の上、印鑑を押すときは「署名捺印」を使います。覚えておきましょう。
ご捺印・ご押印をお願いするときの敬語(文例)
印判をお願いする場合の基本は、「ご捺印(押印)お願い申し上げます」を使います。この基本形にさまざまな用件を組み合わせていきます。
ビジネスメールで使うときの例文は下記のとおりです。
件名:契約書のご送付 株式会社〇〇〇〇 平素より大変お世話になっております。 先日はお忙しい中、貴重なお時間をいただき ご面談時に申し上げました、下記契約書を ■添付ファイル 契約書の内容をご確認いただき、問題が無ければ なお、契約書の文言に関しまして ご多忙のところご無理を申し上げて大変恐縮ですが、 上記につきまして何卒宜しくお願い申し上げます。 ==================== |
【そのほかの例文】
- ご署名とご捺印の上、ご返送くださいますようお願い申し上げます。
- 契約書の〇枚目にご署名とご捺印の上、ご返送くださいますようお願い申し上げます。
- 内容をご確認いただき、同意書の下段にご署名ご捺印をお願い申し上げます。
- 付箋を付しております申込書の枠内に記名押印の上、月末までに弊社〇〇部宛てにご送付ください。
なお、メール例文を確認したい方は「押印・捺印をお願いする依頼メールの文例集」をご覧ください。
署名捺印と記名押印の法的な証拠能力の違い
結論からお伝えすると、法的な証拠能力の高い順に「署名捺印 > 署名のみ > 記名押印 > 記名のみ」となります。
まず、法的な証拠能力の高い「署名捺印」「署名のみ」のふたつからその理由をお伝えします。
そもそも、自分で自分の名前を書くことが「署名」です。
クレジットカードを使用するときや、賃貸借契約、銀行口座開設での契約でも、すべて自筆で名前を書くことを求められますよね。署名には「わたしはこの契約に同意した」という意味があり、強い法的効力があるのです。
本来であれば「署名」だけで十分なのですが、日本ではそれをさらに補完する意味で「捺印」します。つまり「署名捺印」ですね。
さらにこの捺印する際の印判を、印鑑登録をした実印で押すことによって、もっとも法的拘束力の強い契約書となります。
つづいては「記名押印」について説明します。なぜ記名押印は、署名捺印よりも法的な証拠能力が低いのでしょうか。
そもそも「記名押印」の「記名」とは「名前を書く」こと全般を指します。
つまり「記名」は、パソコンで自分の名前を入力する場合も含まれます。また、自分の名前ではなく、上司や取引先など、他人の名前を記入することも、すべて「記名」に当たります。そのため、契約ごとにおいて「記名」だけの契約書は、法的に有効とは認められません。
ところがそこに「押印」してあるものは、契約書として有効になります。
ただし、印鑑は誰でも押すことが可能です。第三者に盗まれてしまった場合、本人が押印したということを立証するのは困難です。
一方で「署名」は、筆跡鑑定で本人が書いたことを証明できるため、署名捺印のほうが記名押印よりも法的な証拠能力が高くなるのです。覚えておきましょう。
さいごに
ここでは「押印」「捺印」「押捺」「調印」という言葉の意味や違いをお伝えしましたが、いかがでしょうか。
欧米がサインを中心とした文化であるのに対し、日本には独自の「判子を押す」という文化をもちます。
判子の意味と使い方を理解していることは、信頼できるビジネスパーソンの第一歩でもあります。この記事がご理解の一助となれば幸いです。